猫屋春子はかく語りき

CAT AND SPRING

3月も終わる

もう3月も終わる。外は引っ越しシーズンで天気も良かったせいか街には人があふれていた。そうなると街には餓鬼も増える。餓鬼というものは自意識過剰な生き物だ。全ての注目が自分に集まっていると信じてやまない。こちらは見ていないし見る気もないのに変な視線をくれてくる。正直気分が悪い。今日行かねばならなかった3店舗のうち2店舗も正直行くと気分が悪くなるところであり、普段から特別な用事が無い限り行くことのなんてない場所である。普通にしててくれりゃいいのだ。普通に仕事してくれりゃなんの文句もないのに、まるでここで働く自分は偉いとかセレブだとか勘違いしているような態度で接してくる。そこで思うのは、普通って一番難しいよなあということ。偉そうにしてみたり高飛車に気取ってみたり、その逆にオドオドしてみたり気弱そうにしてみたりする方が、おそらく人間にとってはとるのが易しい態度なのだ。誰に対してもニュートラルに淡々と普通に感じよく接するのは難しいだけに、そういう人は社会でも賞賛されるわけなのだ。つまりは、気分が悪くなる場所にいたあれらの人たちは易きに流されているだけなのだ。何時間労働かは知らんが何時間も一番難しい態度で労働することは彼女たちにはやはり難しいのだ。単なるアルバイトさんだろうしな。そんな風にゴチャゴチャ考えている自分はやはり変なのだろう。変なまま生まれて育ち変なまま死んでいく。

先日、とんねるずの番組が最終回を迎えたが、それについておぎやはぎがラジオで「最後のバブル番組が終わった」という発言をしたらしい。これからは平熱のテレビ番組しか受けないだろう。バブルのような熱狂を反映した番組は次々と姿を消していくに違いないし、すでにそんな番組もうほとんどない。テレビからスターは消え、テレビが最先端をつくることが必要もなくなる、というかテレビにそんな期待など誰もしなくなる。すでにあるものを伝えたりクイズにしたりするだけで事足りる。テレビから教わることなんて何もない。いま思うと、やっぱバブルって凄かったよな。金が儲かるっってことは国の勢いがあるってことだけど、勢いがあるときのエネルギーって凄いよな。でももうあんなことは無いと思うとやや寂しい気がする。何事も平熱で淡々と熱狂することも憤慨することもなく生きて死ぬだけ。それだけだ。

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