猫屋春子はかく語りき

CAT AND SPRING

20数年ぶりに「愛人╱ラマン」


「愛人/ラマン」 (1992) マルグリット・デュラス


1920年代のインドシナ半島におけるフランスの植民地政策や、
人種差別、貧困などが、話の随所に散りばめられていると聞いて、
「愛人╱ラマン」を、20数年ぶりに再度、観てみました。
(20数年前はTVで、しかも夜9:00から放映されていたことにビックリ!)

初めて見た当時は中学生か高校生か、
話の背景が全く理解できなかったし、
「愛だの肉体関係だの、一体コヤツラ何言ってやがるんだい!」
と思って、話自体を理解しようと思ってませんでした。
今回も理解できたかは不明ですが、
「こんな話だったのか」と印象が変わってしまった。
ただのエロ映画だと思っていたけど、なかなか純愛映画でした。
いや、厳密に言うと、エロでもあり純愛でもあり。
こういう映画を観ると、愛ってなんだ、エロってなんだと
考えざるをえませんです。

とくにそれについて考えさせられたシーンが、
主人公がフランスへ帰国することが決まり、
愛人部屋のベッドに寝そべりながら、
男の方が「金のためについてきたんだ」と何度も女に言わせ、
女への想いを断ち切ろうとするところ。
女は次第に欲情してきて、男性のズボンに手を入れ、イチモツをさすります。
いつもなら応じるはずが、男はこの日、女の手をとめて、こう言うのです。

「聞いて。君に出会って初めて苦悩を知った。愛してる。
離したくない。だが僕は無力だ。弱い男だ。死人だ。もう抱けない。
君が僕を愛してないからだ。」

このセリフは、おそらくいろいろな解釈ができると思います。
いろいろな解釈があるなか、私は、
女の肉体だけではなく、心までも欲しくなってしまったのかなーと思ったんすよね。
つまり、肉体だけと思っていた女に本気になってしまった、と。
だから、抱いたところで愛はもらえない=ならば抱けない。

相手に恋してないから、すぐ肉体関係に持ち込めるというのは、
現代でも結構あるんじゃないですかね。
本気で好きな人には、なかなか手を出しにくいとか、
そういう男性(女性も)、いるんじゃないでしょうか。
でも、この解釈、全然違うかもしれないけどね。

また、主人公演じたジェーン・マーチも良かったですが、
それ以上に相手役のボンボン華僑を演じたレオン・カーフェイの繊細な演技。
色気がたまらんかったです。
船上で初めて主人公に声をかけるときの手の震えとか、
苦悩しているせつない表情とか、
無表情に見えて欲情してるところとか、
初めて観た当時も「かっこいい」と思いましたが、
今回もやられてしまいました。(好みって変わらんのだね)

それにしても、
どこにでもお金持ちの中国人っているもんですね。
そして、お金持ちになると、近くの国でますますお金を稼いじゃう。
お金に対しての純粋さという点で言えば、
日本人よりも全然中国人の方が上だと思う。
それがこういう名作を生み出す要因にもなるわけで、
(ちなみに「ラマン」は実話じゃないけど、物語に出てくるというのは、
当時、金持ちの華僑が、サイゴンに多くいたということなんだろね)
一重に、お金を追いかけるのは悪いこととも言えねえなあ。

広告を非表示にする