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猫屋春子はかく語りき

CAT AND SPRING

遅ればせながら『火花』を読んだ。

いまNHKで日曜午後11:00から『火花』のドラマ版が放映されている。

なかなか面白いし、評判も良いし、続きは気になるし、

ということで、原作をAmazonさんで購入してみた。

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

 

 

単純に面白かった。

物語のあらすじは、だいたいネットかテレビの情報で知っていたけれど、

思っていたよりも、スパッと割り切れるものではなく、

また、読後感も爽快ものではなかった。

 

でも、たとえどんなに尖ったことを議論していようと、

小難しい屁理屈が発せられようと、

まるで、コタツでみかんを食べているような、

居酒屋で寒い日に熱燗を飲みながらモツ煮込みをつまんでいるような、

読みはじめから読み終わりまで暖かくて優しい目線が常に存在する、

そんな作品だった。

それは、おそらく書き手の又吉が、そういう人だってのもあるし、

作品中で描かれている先輩に対して又吉がそういう目線でいることも、

関係しているんだと思う。

 

だから、読後感はスパッと爽快ではないけれど、

ホッコリというか、なんつーか、人間て愛おしいなと思わせてくれるものに

なっているし、全然自分とは関係のない話なのに、何故か、

「懐かしいな」とか思って泣けてくるし、そういう感じ、

正直言って結構嫌いじゃないというか、好きだったりする。

 

加えて、小説を読みながら、こんなに笑ったのも初めてのことで、

例えば、先輩である神谷が、赤ちゃんに対して披露する蠅川柳が秀逸だった。

でも、赤ちゃんは当然意味がわからない。だから笑わない。

想像してみると、その光景はシュール過ぎて凄い。

「笑い」の概念すら持たない相手を、

「笑い」の概念に沿って笑わせようとするのである。

外国人や老人に対するよりも笑わせるのが難しいと思う。

言葉によって面白さを発信したり、受け取ったりするのは高度なことだ。

言葉に対する習熟度やセンス、言葉から映像を想像する力など、

言葉に対する自身の歴史と現在の力、全てが問われる。

しかし、赤ちゃんは、言葉を習得する前である。概念なんて意味不明である。

そこに蠅川柳て。よりによって蠅川柳(笑)。

声をあげて笑ってしまった。

 

蛇足だけど、皮肉にも現在のお笑いって、

お笑い全盛期に10代、20代を過ごした自分から見ると、

腹を括って以降のミスチルの歌みたいなものになっている。

(たとえがわかりづらくて、またミスチル好きの方には申し訳ない)

つまり、「無害」なものになっている。

「無害」で、みんなが理解しやすい笑いのポイントが提示される。

それについては、『火花』の中で触れられる場面があるのだけど、

その通りだなと思う反面、芸人がそう考えて、お笑いを作ってしまったら、

芸人がネタを作る意味なんて、無いに等しいのではないかと考えてしまった。

芸人もまた、社会人であるというのはわかる。

見る人に対する配慮が大切というのもわかる。

でも、私は、先輩である神谷のような芸人が芸人だと思うし、

芸人たるゆえんは神谷のような人にこそあると思う。

そしてたぶん、わからないけれど、又吉も同じように思っているからこそ、

最後の方に、それにまつわる場面を挿入してきたんじゃないかな。

 

ただ、そのお笑いを、そのままにしてしまったらいかんのだ。

そのままにしないために、現実社会では人間としての優しさが

きちんと機能しないと、やはりダメなんだと思う。

ことに、現代日本においては。

それを象徴するかのような場面が、作品の最後の方にあるので、

ここでは、そこを抜粋することで、ブログを了としたいと思います。

 

「花火が打ち上がる度に拍手と歓声が響き渡る。場内アナウンスで、

大手のスポンサー名が読み上げられ、素晴らしく壮大な花火が冬の夜

空に開く。海岸に降りて観ていた僕達は大いに楽しんだ。熱海では夏

場に限らず、一年を通して何度か花火大会があるらしい。次々と企業

の名前が告げられ大きな花火が上がる。一際壮大な花火が打ち上がり

歓声が巻き起こったあと、しばらく間があり、観客達は夜空から白い

煙が垂れてくるのを、ぼんやりと眺めていた。すると、スポンサー名

を読み上げる時よりも、少しだけ明るい声の場内アナウンスが、「ち

えちゃん、いつもありがとう。結婚しよう」とメッセージを告げた。

誰もが息を飲んだ。

 次の瞬間、夜空に打ち上げられた花火は御世辞にも派手とは言えず、

とても地味な印象だった。その余りにも露骨な企業と個人の資金力の差

を目の当たりにして、思わず僕は笑ってしまった。馬鹿にした訳ではな

い。支払った対価に「想い」が反映されないという、世界の圧倒的な無

情さに対して笑ったのだ。しかし、次の瞬間、僕たちの耳に聞こえてき

たのは、今までとは比較にならないほどの万雷の拍手と歓声だった。そ

れは、花火の音を凌駕する程のものだった。群衆が二人を祝福するため、

恥をかかせないために力を結集させたのだ。神谷さんも僕も冷えた手の

平が真っ赤になるまで、激しく拍手をした。

 「これが、人間やで」と神谷さんはつぶやいた。」

又吉直樹『火花』(文春文庫、2017(初出2015):168-169)