猫屋春子はかく語りき

CAT AND SPRING

解の無いトーク


【村人シリーズ】明石家さんまのコミュ力が凄い

一昨日、和牛が「踊るさんま御殿」に出演しているのを見た。水田さんが自分の細かさについて一生懸命話しており、さんまさんが必死にフォローしていた。このフォローというのは水田さんの気持ちをフォローしたという意味ではなく、水田さんのトークを笑いに変えようと必死になってフォローしていたという意味でのフォローである。

さんまさんと和牛がトークしているのを見ていて、なんとなく思うところがあった。曖昧な笑いがさんまさんは得意じゃないんだなと。以前、「お笑い向上委員会」にも和牛が出ていて、尼神インターの渚が和牛にトークできるよう振ってくれたというのに、川西さんがそれを台無しにする場面を見た。「ああ、さんまさんと和牛は合わないのかな」とその時は思ったが、仕事の場で人間的な相性を持ちだしたらキリが無いし、多分さんまさんはそんなことはしない。相性について言うのならば、さんまさんと和牛のオお笑いの相性が良くないだけだ。

その理由は個人的な推測になるけど、上にも書いたように和牛のトークでの笑いはまだまだ曖昧なのだ。さんまさんが得意とする笑いは大きく分けて2つある。1つは、まだそれが面白いのかどうか気づいていない人の笑えるポイントを見つけてツッコむこと、そしてもう1つは100人いたら80~90人は面白いと思うまでに練られたトークを引き出すことだ。素人か玄人か。どちらにせよ笑えるポイントがさんまさんにとって見つけやすいものであることは重要だが。

しかし和牛のトークは完全なる素人でも玄人でもない。玄人と言うにはトークの笑いどころが絞れてないし、素人と言うにはトークが上手過ぎる。換言すると笑いどころを提案してこないし、笑いどころを積極的に見いだせない。笑いどころが曖昧なのだ。おそらく和牛のキャラもトークのネタも。水田さんのトーク内容は一歩間違えばドン引きされてもおかしくないものだった。それをさんまさんが、ところどころいろいろな人に振りながらトークを引き出してくれたのだと思う。「このトーク、どこに大きな笑いが潜んでいるんだろう」という解が見いだせるまで頑張ってくれたのだ。

しかし残念ながら解は見つからなかったようだ。失笑にも爆笑にもつながらない半笑いのトークが続いた。さんまさんと水田さんが言い合う場面もあったが、それも爆笑につながるものではなかった。人として水田さんの言い分は理解できるが、芸人としてはどうよと思わんでもない。しかし、それすらも和牛の武器にしていかないと、キャラもない2人ではトークがますます厳しくなる。ただ今後もあのような解の無いトークを続けるのであればテレビから和牛の姿は消えていく可能性が高いだろう。もう少し掘り下げて、笑いを自分から提案するものでなければ、聴く/聴かせる価値の無いトークに終始してしまう。

観終わった後、私は録画を早々に消して、まだ芸歴10年ちょいのお笑いコンビの甘さとお笑いモンスターの凄さを知った。そしてさんまさんに振られたオードリー春日の落ち着き加減に感心した。


【和牛】バツウケ限定漫才

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