猫屋春子はかく語りき

CAT AND SPRING

豊かさと少しの貧乏と

忘れられない人々がいる。

しかし、私がそこに行かない限り、

もう一生、その人たちに会うことはできない。

私は彼らから、豊かさと少し貧乏であることの関係を学んだ。

 

少しだけ貧乏な彼らは、

裕福な日本に暮らす私なんかよりも、はるかに豊かな暮らしをしていた。

 

早朝から山羊や羊を山へ連れてゆき、標高3000mの畑でハダカ麦をつくる。

家の庭を小さな畑として、菜っ葉やカボチャなど、

日々、すこしずつ食べるだけの野菜をつくる。

豚は旧正月に〆たものを塩漬けにして、冷暗所に保存する。

農閑期には、同じ村に暮らす家族・親族と、山の上でピクニック。

お酒を飲み、恋愛の歌をうたい、全員で輪になって踊りを踊る。

自宅で飼育している羊を一匹〆て、羊の臓物のスープをつくり、

ハダカ麦を焼いたパンと一緒に食べる。

みんな、少しだけ貧乏だから、協力し合う。

お金や高価なものは、お互いに貸し合う。

だからこそ、みんな関係が良い。協力が必要だから。

みんな、いつも笑顔だ。

 

だけど、その家の息子は、

貧乏なのが嫌だったのだろう、都会に出稼ぎに出た。

母親は「帰ってきてほしい」と言っていたけれど、

あのあと息子は帰ってきたのだろうか。

息子が都会に出て行く理由の1つに、

私は、息子が日本人である私と知り合ったことが存在するのではないかと思っている。

だから、その家の母親には申し訳ないことをしたと、責任を感じている。

私と知り合わなければ、息子はそのまま大学を卒業して、

普通に地元で就職をしていたのではないだろうか。

少し貧乏だけど豊かな村で、そのまま人生を送ったのではないだろうか。

 

都会に出て、彼は何を見ただろうか。

そこには、彼が生まれ育った村にあるような豊かさが、あっただろうか。

都会の人はみんな、お金持ちだけれど、豊かだろうか。

お金は人生を、生活を、豊かにするのだろうか。

豊かさってそもそも、なんだろうか。

 

わからないけれど、標高3000mのところにある、あの村には、

私が思い描く豊かさが、たしかに存在していた。

もう一度、あの時に戻れるのなら、私は、

あの村には行かないし、あの家の息子とも知り合わない。

そして、あの家の息子は、少しだけ貧乏で豊かな生活を送る。

息子の母親は、ずっと笑顔だ。

 

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