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猫屋春子はかく語りき

CAT AND SPRING

意味なんか無くていい


たま らんちう

 

先月から今月にかけて、

しばらく連絡をとらなかった友人と交流する機会があった。

一方の友人たちは10年くらいぶり。

もう一方の友人は1年くらいぶりである。

 

元々、人づきあいが苦手な私であるが、

大学院で出会った某人間のためにますます苦手になってしまい、

自ら人と関わることを避けるようになっていた。

 

しかし、いざ交流してみると、単純に楽しかった。

アラフォーともなれば、話題は家庭のこと、老いのこと、多岐に渡る。

みんな、深刻な悩みの一つや二つ、あるのだろう。

しかし、そんな悩みも、笑い飛ばすような勢いで話す友人たちを見て、

「強いなあ」と正直感心した。

そして、意味のない話に盛り上がり、おおいに笑った。

おおいに笑い過ぎて、腹部に力が入り過ぎてしまい、

痔が悪化したほどだ。

 

会話への価値観はそれぞれで、

内容のある実のある話こそが、会話だと考える人もいるのかもしれない。

少し前までの、ちょっととんがっていた私も、

そう考えて、心のどこかで意味無く盛り上がることを馬鹿にすることがあった。

 

しかし、先月から今月にかけての友人たちとの交流で、

意味の無い話で盛り上がることの面白さを思い出した。

大学の頃までは、意味無く集まってはどーでも良い話をして、

意味無く盛り上がっていたことも、また。

当時は究極、盛り上がれるのなら、

意味なんかなくても良いとさえ考えていた。

そして、それがひどく楽しかった。

 

どうして、こんな大切なことを、

私は忘れて生きていたのだろうなあと、

友人たちと別れたあと、ぼんやりと考えた。

 

意味なんか無くていいんだよ。

それで笑えれば。

誰かと笑いを共有していれば、最高じゃない。

 

硬直化していた心が、少しだけ柔らかくなったような気がする。

意味に囚われて、窮屈になっていたのかもしれない。

意味なんて、そんな、考えるだけ無駄なのに。